メモ:脳を育てる「紙の本」

読売新聞2012年6月18日朝刊13面より

酒井邦嘉東大教授(言語脳科学)のインタビュー記事を自分なりに抜粋。

・活字を読むときは、音声を聞いたり映像を見たりするときと比べて、
書いた人が何を言おうとしているか想像力で補っていて、それによって脳がつくられる。
さらに、理解するだけでなく思想を形成し、自分の考えをまとめていくことが、『脳を創る』ということ。

「読む」ときの脳の働きは、紙の本と電子書籍で大差ない。

しかし、紙の本の方が、電子書籍よりも手がかりが豊富。

ハードカバーの学術書と実用書が見ただけで違いがわかるが、
電子書籍は、どんな格調高い文章もそうでない文章も同じように画面にでてしまう。
そのため、情報の価値や我々の受容の仕方にミスマッチが生じ、
インクや装丁で五感に訴えてくる紙の本での読書の楽しみを味わえない。

画面上の文字はスクロールで位置が変わるが、
印字された文字は紙に対して変わらない。
本の厚みが与えるページの量的な感覚も、電子書籍は希薄。

我々の脳は、位置や厚さなどの情報を無意識に取り込んで記憶している。
(それらを手がかりにしているので、)
手がかりが希薄になると、忘れやすくなったり、ミスを見つけにくくなる。

誤字脱字も、パソコンで推敲しているときに気付かなくても、
プリントアウトすると気付くのは、その一例。

紙に印刷されたものには、手がかりを探す時間的余裕も豊富にある。

--教育現場への電子教科書の導入の是非について

こどもの記憶力は柔軟で、たくさん吸収できる。

その時期には、情報をある程度制限して理解を促し、
自分のものにさせる教育が重要。
インターネットにリンクし、膨大な情報にアクセスするのは逆効果。

教科書に書き込んだり、ノートに書き写す作業を通じて、考え、覚えていく。
ぱっと見ただけで、覚えられない。

「情報を得る」ことと、「わかること」とは違う。
「知っている」ことと、「説明できること」とは違う。

多くの人は易きに流れるので、
考える前に調べれば、頭を使わないで済むという傾向に陥りやすい。
この傾向が進めば、想像力が育たず、自己主張ばかりする人間になってしまうかもしれない。

思考のツールとしての紙の本を絶やしてはいけない。

---------------------
何年か前、MBSの西アナが番組中に、
親戚の子供に百科事典を入学祝いにプレゼントした話をしたとき、
他の出演者たちから、「違うものにしたら」と意見とともに、
「電子辞書もあるやん」という意見があり、ちょっと西アナを馬鹿にした感じだった。

馬鹿にしていいるやつが馬鹿なんだろう。

百科事典の分厚さを見たときに、自分の知識の量をしり、
何を知っていて、まだ何を知らないかという、
学習者としての自分の立ち位置を知るのだと思う。

自分の立ち位置を知らないということは、
どこがスタートでどこがゴールなのかもわからないのではないだろうか。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

メモ:ギフテッド

http://www.blog.crn.or.jp/report/02/130.html

優秀な子ども(bright child)ギフテッド学習者 (gifted learner)
一生懸命努力する 遊び半分でやってみるがテストの成績は良い
学校が好き 学ぶことが好き
友達といることを好む 大人といる方を好む
いい考えを持っている 常識外れた考えを持つ
単純で順序立てたやり方を好む 複雑さを求める
自己の学習成果に満足している 自己を厳しく非難する
課題を6-8回で修得する 課題を1-2回で修得する
グループの中でトップの成績を修める グループの成績を超越していて、あてはまらない

上の表より、好奇心・独創性に富み、優れた記憶力を持ち、わずかの反復で課題を修得することができ、一生懸命学習しなくても際立った学習成績を修めるというギフテッドの特徴が伺われる。また完璧主義に陥りやすく、自己を厳しく評価する傾向のあることが指摘されている。精神面や社会面と比べ、認知能力や語彙が周りの子どもたちよりもはるかに発達していることから、同年齢の子どもたちに溶け込めず、大人と過ごす方を好むようである。しかしこれらの特徴には、個人差がみられることに留意したい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

メモ:パイプライン・システム

仲良くしていただいている先輩の先生の日記より
------------------------------------------
山田昌弘は学力低下という問題は、「教育という領域で勉強という努力が報われない」という状況が広がったから起きた現象ではないのかと提起している。戦後、高度経済成長を経て、1990年頃までは勉強の努力を保証するシステムがあったとして、パイプライン・システムという考えを紹介している。

 2002年のハーバード大学アジアと国際関係プロジェクトシドニー大会において、ダニエル・ヤンミンとチャン・マイミンは、戦後日本の教育システムを「パイプライン・システム」と表現した。学校システムは、分岐のあるパイプとして表現され、生徒はパイプの中を流れることによって自動的に職業に到達するように描かれている。これによれば、受験勉強という努力は自分の実力にあった学校に入学するという形で報われ、入学後は卒業するための努力をし、そして学歴に見合った職業に就けるという形で報われるということである。

フォト

山田はこの教育システムが生徒に希望を与えるものとして、以下のように大変よく機能したと述べている。

(1)能力に合った職に送り出す機能を果たし、生徒に将来の見通しと安心を与えた。つまり、これくらいの学力があればこれくらいの学校を出て、これくらいの職に就ける(女性は、これくらいの人と出会え、これくらいの生活ができる)という期待ができた。

(2)過大な期待を諦めさせる機能を果たした。特定のパイプラインに乗れなければ、特定の職に就くことを諦めるしかなく、パイプを流れる過程で、徐々に諦めがついた(いくら医者になりたくても、医学部に入る学力がなければ諦めるしかない)。

(3)階層上昇の機能(世代内上昇+世代間上昇)を果たした。少しでも頑張って勉強すれば、上の学校に行けて、よりよい生活が送れるという期待がもてた。そして、親よりもよい学校に行けば、父親以上の職に就ける(女性の場合は、そのような相手と結婚できる)という期待がもてた。

 しかし1990年代後半、経済社会構造の大きな転換が起こったと考えられ、それをニューエコノミーと呼ぶならば、経済のグローバル化、IT化と相俟って職業世界が不安定化する。それは、将来が約束された中核的、専門的労働者と、熟練が不要な使い捨て単純労働者へと職業を分化させ、そしてその影響はまず若者を直撃する。企業は若者を選別し、能力があるものは中核的、専門的社員として優遇し、それ以外は派遣、アルバイトなどの保障のない労働者で置き換えようとする。その結果、非正規雇用者が大量発生し、それが日本では、フリーターの増大として表れるのである。

フォト

 しかし日本では、職に応じて学校数が調節されるわけでもなく、教育機関としての学校は残り続け、パイプの出口が変化し細くなっているのに、パイプ自体の太さは変わらず、逆に大学院のように太くなってしまったものもある。結果、従来のパイプラインに亀裂が走り、「漏れ」が生じる。つまり、パイプを流れていてもそのままでは職に就けない、学校に入って卒業するという「勉強努力に対する確実性」がなくなる事態がほとんどのパイプラインで生じることになるのである。

 そして更に重要なのは、パイプ自体が無くなったわけではないということである。例えば、大卒だからといってホワイトカラーになれないということが、大学に行かなくてもよいということを意味するものではない。大学にいかなければ、ホワイトカラーになることがもっと難しいということである。これにより、学校教育のリスク化と職の二極化を引き起こしたと考えられる。

 リスク化とは、学校歴はそれに見合った職業を保証しない、つまり勉強して学校に入り努力しても、その努力が報われない「可能性」が高まることである。そして、学校歴に見合った職に就けた人と、就けなかった人との差が結果的に拡大することが二極化である。例えば、大学院博士課程修了者であれば、専任教師と非常勤講師、公務員保育士とパート保育士、正社員と派遣社員などさまざまな職種で生じている。学校歴や仕事能力にはほとんど違いがないにもかかわらず、パイプを流れ続けられたか、そこから漏れて正規の職に就けなかったかの違いで、処遇や将来の見通しに大差がつくという状況が生まれているのである。

 その結果、パイプから漏れた人は、勉強という努力が無駄になる体験を強いられることになる。別の職に転進、または別の学校へ入りなおすということができればよいが、それは今までの努力が無駄になることを自ら認めることになる。そして親は、自分の子どもの教育にかけてきたお金とエネルギーが無駄になることに心理的に耐えられない。よって、その努力が無駄になっている者が増えている状況を体感して、対極に生じているのが、勉強に努力をしても仕方がないと思う生徒、学生、そしてそう考える親であり、それが結果として学力低下として表れると結論付けている。

 そしてパイプライン・システムがうまく働かなくなったまとめとして、前出の機能と対比して以下のように述べている。

(1)学校で教育されることが、学校に見合った職に就ける保証ではなくなる。生徒、学生は、その職に就けるかどうか、「不安」の中で学ぶことになる。

(2)次に、過大な期待を諦める機会がなくなる。とりあえず、学校への入学は容易になるからだ。大学の数だけは増え、大学院拡充政策のおかげで、修士・博士課程への進学も容易になる。音楽学校、声優学校、ネイルアーティスト学校、アナウンサー養成所など、「格好いい」職に就くための専門学校も乱立状態である。日本では、基本的に親が高等教育の費用を出すので、とりあえず入学することができる。入学し、運がよければ、その学校が想定する職に就くことができる可能性はある。とりあえず、パイプには入れるので、自分の実力に見合わない過大な期待が広がる。

(3)そして、教育による階層上昇の期待が失われる。学歴インフレが起こっているので、親以上の学校に行っても、親以上の職に就けないケースの方が多くなっている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

コピー:福島県風評被害

東京電力福島第一・第二原子力発電所。福島県の浜通りに位置しています。

東北電力ではないことに注目してください。

福島県の浜通りには東京電力の発電所がこのほかに「広野火力発電所」があります。この地域で発電された電気は、全て関東へ運ばれ、首都圏の方々が利用します。
一切地元ではこの発電所で作られた電気は利用されていません。首都圏の電気の3分の1は福島県で作られている現実をもっと報道してください。

計画停電が首都圏で実施されていて、文句を言っていたり「被災地に電気を送るためだから我慢します」と言っているインタビューを良く見受けますが、何見当違いの事を言っているのですか?

東京電力が計画停電を行っているのは、首都圏の消費電力より供給電力が下回りそうだから突然停電を避けるために予め時間と区域を決めて停電を行っているのです。
首都圏で節電してこちらに電気が送られるなら、何故東北電力まで計画停電を行わなければならないのでしょう?

自分のところの電気が足りなくなっているから自分らが我慢しているだけ、なんです。

この重要な2点をマスコミは何故報道しないのですか?
首都圏の人のために建設された発電所のために地元がこれだけ苦しんでいる現実を、何故広めようとしないのですか?

しかし、冷静になって考えてみると、地元にも雇用や補助金で還元されてきた面はあり、その点は感謝します。
でも、マスコミは「福島は危険」「放射線は身体に悪影響」しか報道されていない節があります。
後付で「このレベルでは身体に害はありません」と言うだけ。パニックを抑えるなら言う順序が逆では?
「放射線の数値が通常より若干高い値を示していますが、体に影響のある数値ではありません。各地の数値は~」と言うのが報道の仕事ではないのでしょうか?

はじめに断っておきます。
首都圏の方々を敵視しているわけでも、悪いと糾弾するつもりも毛頭ありません。
でも、あまりにも酷すぎる。

首都圏で「放射線が怖いからカッパを買いました」「マスクを買いました」「とろろ昆布を買いだめしました」と言っている方がTVに映っていました。
放射線が怖い?何キロ離れてるの?じゃぁ私達福島県民はどうしたらいいの?あなたがたが今まで40年利用してきた電気を作っていた発電所を作ったために
こういったことが起こったって事はご存知なんですか?
いつでも逃げられるようにガソリンを買いだめ?
私達福島県民は逃げたくても逃げられないんです。首都圏の方々のせいとは言いませんが、ガソリンがないため逃げられないんです。
もっと言えば、ガソリンや軽油がないので救急車もバスも、救援物資を運んだトラックも動かない。灯油がないから暖もとれない。
仮に救援物資を運んだトラックが近くまできても「放射線が~」で引き返している現状です。
それが現状です。

現在観測されている放射線数値は人体に全く問題のない数値です。
X線やレントゲン、温泉の方がよっぽど高い数値を示しています。

仮にこのまま何もなかった、普通の生活に戻った、としましょう。
今度は風評被害が間違いなく起こります。

福島県出身です。っていうだけで「放射線は大丈夫?」って思わないでください。
福島県出身の女の子だからって、子供を生む時は大丈夫なの?って思わないでください。
福島県産の野菜はとても美味しいです。
福島県産の果物もとても美味しいです。
福島県産のお米もとても美味しいです。
お肉も、魚も、みんなが頑張って作ったりとったりしたものです。

でも、福島県産、ってだけで毛嫌いしないでください。

他の自治体や国はしっかりこの点も含めて被災地の復興をバックアップしていただきたいと思います。
復興には人の力がどうしても必要です。一日でも早く復興するためには皆さんの力が必要なんです。
物資の援助もお願いしたいですが、このことも是非頭に入れておいてください。お願いします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

コピー:災害時、障がい者への対応

災害時、障がい者への対応として。
 
※知らないことが沢山あります。コピーの上広くお伝えください!!
★皆さんの助けが必要です。
障がい者は、大地震やその他大きな災害が起こった時、状況を把握したり、避難場所への移動ができません。そのような時、皆さんの助けが必要です。
災害時に障がい者が困ること。
正確な情報を受け取ることができません。(聴覚障がい者や知的障がい者など)周囲の状況が把握できません。電柱や塀の倒壊、道路の亀裂などがわかりません。(視覚障がい者、知的障がい者)
自分の意思をうまく伝えられません。(聴覚障がい者や知的障がい者など)
パニックに陥ってしまうことがあります。
避難場所まで移動できません。
体育館での生活が困難です。
車椅子など肢体不自由者や視覚障がい者は車椅子や視覚障がい者は、移動できません。奇声を発することがありますので、避難場所での生活が困難です。
避難誘導及び援助の仕方

1. 視覚障がい者の場合
どこに逃げれば安全か、教えてください。
家の周りの状況を教えてください。
避難場所まで誘導してください。

誘導の仕方
肩や腕を貸す形で、半歩前を歩いてください。視覚障がい者を押したりひっぱたりしないでください。
誘導しているとき、周りの状況を伝えて下さい。
方向を示す時は、時計の針の位置で伝えて下さい。(例えば、時計の文字盤による方向は、右は3時、左は9時、正面は12時と考えます。)

2. 聴覚・言語障がい者の場合
家に来られても、音や声ではわかりません。懐中電灯などで照らしてください。こちらは、笛を吹いたりして知らせます。
ラジオの情報など教えてください。
避難所で食事の配給などの音声情報が入りません。その内容を伝えて下さい。

コミュニケーションの方法
筆談(ひつだん、紙に書いて伝える):
筆記用具がなければ、相手の手のひらに指先で文字を書いたり、空間にゆっくりとひらがなで字を書きながら口を大きく開いて、話しかけてください。

読話(どくわ):
あなたが話す形をみて、内容を理解します。私の顔を(正面を)見て、口を大きく開いてはっきりとゆっくり話しかけてください。

手話(しゅわ):
手の形や表情・動きを(身振り)中心に、身体全体でコミュニケーションを行う方法です。多くの聴覚障がい者が使う方法です。覚えるとなかなか楽しい面もあります。講習会、手話サークルなどで、少しでも覚えていただけると大変助かります。その他、身振りで伝わる場合も多いです。また、話し手の表情も言葉のうちです。

ファックスなど:
電話回線が使えるときは、ファックスで連絡をしてください。電子メールも有効な伝達手段のひとつです。
全ての聴覚障がい者が手話をするわけではありません。

3. 肢体不自由者(車椅子など)の場合
家が住めないような状態や火事にならない限り、在宅で過ごす人が多いと思われます。水や食料の配達をお願いします。
エレベータが止まると、他の階に階段を使っていくことができません。援助者が複数必要です。
車椅子の押し方や、避難の方法は、障がい者(及び家族)と相談してください。
見た目では、ハンディがあるとわからなくても、呼吸器や内臓に疾患がある人や、膀胱や直腸に障がいのある人などもいます。そうした人が困っていたら、緊急連絡先に連絡して、その後の対応に協力してください。

4. 精神障がい者・知的障がい者の場合
パニックに陥っているときは、「大丈夫」「安心しなさい」とか、「助けに来たよ」と声をかけ、安心・落ち着かせてください。現在の場所にいることが危険な場合は、避難場所など、安全な場所まで連れて行ってください。
話し方については、わかりやすく簡単なことばを使ってください。話は短く切って、一問一答のように確認しながら話してください。
できるだけ早く、家族や作業所に連絡を取ってください。

区民のみなさまへ
私たち障がい者も、3日分の食料や水を用意するように心がけていますが、火事や建物の倒壊などの場合、自力で逃げることはできません。
「助け合いネットワーク」に登録している障がい者および高齢者もいますが、していない人もいます。災害時の要援護者は、区内に2万人くらいいると思われます。ご近所で見かけた障害者や高齢者の安否確認をしていただけると助かります。障害者は、その障害の種類、程度によって、救助・支援の方法が異なります。障がい者本人と話し合うか、黄色の当事者版パンフを見てください

| | コメント (0) | トラックバック (0)

«情報の末端ではいけないのだが…